記事一覧

“神社と桜と花嫁と” 富士山本宮浅間大社にて 第一回富士裾野ウォークより

毎月開催される“富士裾野ウォーク”の第一回に参加してきた。この“富士裾野ウォーク”は一年をかけて富士山の裾野を時計回りに一周するというもので第一回となる今月は、先ず“富士山本宮浅間大社”を参拝しその後はバスで“村山浅間大社”まで移動しそこから“山宮浅間大社”を経て“北山本門寺”までウォーキングするという行程となる。ウォーキングの結果を書いてしまうと・・・フラットから緩やかな下りが大半の6.6kmほど見学を除き歩い...

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東大寺と二月堂・・・奈良でクラス会

道南から戻った翌日は男の料理教室そして休む間もなくその翌25日には奈良で開かれる大学時代のクラス会に向かった。近鉄奈良駅前に14時集合とのこと近鉄四日市駅から難波行特急に乗り大和八木駅で京都行特急に乗り換えて大和西大寺駅へ急行に乗り換えて13時52分に近鉄奈良駅に到着した。すでに行基像の前には仲間たちが集まっておりSaas-Feeの風が最後になっていたらしく当番幹事の「行くでえ~」の声で集団が動き始める。途中で3...

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定義の極楽山西方寺と油揚げ 宮城県仙台市

<“マッサンのニッカを訪ねる 宮城県仙台市”からの続き>ニッカの工場から25分ほど走り“定義”の“極楽山西方寺”(浄土宗)に到着した。“定義”は“じょうぎ”であり平家落人の里として知られているそうだ。駐車場から歩くと“貞能堂”傍らの掲示には“御廟 貞能堂”と書かれ脇に「ごびょう さだよしどう」と仮名を振ってある。そして「平貞能公(1138-1198)の墓上に建てられた御堂」とも記されている。平貞能は平重盛の家臣であり壇ノ...

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日吉大社 滋賀県大津市

雄琴温泉の湯元館を出た後は(”雄琴温泉 湯元館で日帰り温泉とランチ 滋賀県大津市”)比叡山延暦寺の門前町、近江の坂本に建つ“日吉大社”に参拝した。“日吉大社”は各地にある日吉神社、日枝神社、山王神社の総本宮で最澄が延暦寺を開創してからは“山王権現”とも称され延暦寺の鎮守神・天台宗の鎮護神との位置づけとなったというから神仏習合思想の典型(適切な語彙を見つけられない)のようだ。大宮川に架かる“日吉三橋”のうち“...

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お千代保稲荷 岐阜県海津市

<“大榑川の桜並木 岐阜県海津市”からの続き> そろそろ4ヶ月も前のことになる。 大榑川堤の桜並木を見た後は“お千代保稲荷”まで歩いた。 “お千代稲荷” (おちょぼいなり)は正式には“千代保稲荷神社”であり 伏見稲荷、豊川稲荷とともに日本三大稲荷とされていて  親しみを込めて“おちょぼさん”と呼ばれている。 平安時代の創建らしい。 何故に“千代保”の名なのか・・・ “千代に保て”という意味とのこと。 何を千代に保つのか・...

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“恋人の聖地”になっていた“お初天神” 大阪市北区

<“突然の悲報”の3時間前> 梅田に到着後にキタの繁華街に建つ “お初天神”に寄ってみた。 特にここで何をしたいわけでもなく ただ時間を過ごそうと思っただけなのだ。 正式名は“露天神社”だが 通称“お初天神”が親しまれている。 この境内で実際に起こった遊女“お初”と 醤油屋の手代“徳兵衛”との心中事件を題材にした 近松門左衛門の“曽根崎心中”が有名になり いつの間にか“お初天神”と呼ばれるようになったらしい。 このお社は既...

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伊勢の津七福神めぐり その3 福禄寿と布袋尊 そして満願成就

ご心配をおかけしている入院中の風の神元気なのだが寝たっきりでベッドから起き上がれないことが辛いという。当該部位のMRIは実施されたが自覚症状があって、気になる部位については身体を動かせないからなのかMRIが未だに行われていない。そこに異常があった場合処置しないまま何日も経過してそれが悪化したらどうすんだと思うのだがなあ~。後になってMRI検査の結果「異常が見つかりました」なんてことにならないように願いたい...

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伊勢の津七福神めぐり その2 毘沙門天と大黒天と恵比須天

<“伊勢の津七福神めぐり その1 辯才天と寿老神”からの続き>高山神社から国道23号に出て左折23号沿いの歩道をしばらく歩くと右手奥に“津観音寺”がある。“津観音寺” 毘沙門天 日本三大観音のひとつで709年創建の真言宗醍醐派の寺院“恵日山観音寺”因みに三大観音のほかのふたつは東京の浅草観音(金龍山浅草寺)名古屋の大須観音(北野山真福寺)もうすぐひな祭りということで本堂にひな人形が飾ってある。 手水鉢、燈籠、梵鐘...

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伊勢の津七福神めぐり その1 辯才天と寿老神

“伊勢の津七福神めぐり”のハキングツアーに参加した。 これまで“伊勢七福神”は知っていたのだが 最近になって初めて“伊勢の津七福神”を知りどのような神社と寺なのだろうかと思っていた。 “伊勢七福神”は 桑名市、四日市市、鈴鹿市、亀山市にある寺院から成るが “伊勢の津七福神”は津市内の神社と寺院から成る このような法被(?)姿の人たちは津の四天王寺(七福神のひとつ)の檀家さんたちでなんと18名が津駅前でツアーバスに乗...

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雪の根津神社

“小田原で海鮮丼を~(^^♪”からの続き 小田原からJR東海道線で東京へ向かう。その途中、新婚時代を過ごした大船や独身時代の戸塚のあたりを通る間には懐かしく思いながら車窓から外を眺めるのだが当時とは全く異なる風景が次々に流れ過ぎるのだ。すっかり変わってしまっているなあ~東京へ着いて西日暮里へ西日暮里では雪が降り始めていたので持参の傘を差しながら歩いた。所用を済ませてから東京メトロで根津へ向かった。メトロを...

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【復刻版】熊野詣 10 熊野速玉大社 和歌山県新宮市新宮

“熊野詣 9 熊野もうで餅 熊野本宮大社御用達”からの続き熊野詣の最後は“熊野新宮”とも称される“熊野速玉大社”主神はイザナギノミコト(速玉大神)とイザナミノミコト(夫須美大神) 我が国を産んだ夫婦神なので縁結びの神社として知られ 地名“新宮”の由来となっている神社でもある。 神門 拝殿 実は今回の熊野詣は“やまびこ”の誘いによるもので 彼の遠戚である“熊野速玉神社”の宮司にお祓いをお願いしようということなのだ。...

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【復刻版】熊野詣 8 熊野本宮大社と八咫烏 和歌山県田辺市本宮町

“熊野詣 7 チェックアウトし渡船で勝浦観光桟橋へ”からの続き前日に“熊野那智大社”に参拝しているのでこの日は“熊野本宮大社”と”熊野速玉大社”に参拝するのだ。那智勝浦町から新宮市へ 凍結のためなのか積雪のためなのか 新宮へのバイパスが閉鎖されているので 一般道を通り、そのあとは熊野川沿いに上がって進む。 途中、何ヶ所も山崩れしているところや 現在も復旧工事が行なわれている様子を窓越しに見ながら “やまびこ”の運...

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【復刻版】熊野詣 3 青岸渡寺と熊野那智大社

“熊野詣 2 那智の滝 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町”からの続き那智の滝から参道の石段を上がって駐車場まで引き返し そして土産物店の斜め前あたりから右に入り青岸渡寺と熊野那智大社への石段を またしても「キツイ!」と云いながら上がることになる。 先を進む“やまびこ”夫妻 途中で「まだ続くのかいっ ヤレヤレ」と見上げる “やまびこ”夫妻(向かって左と中央)と風の神(右) ここは幾つもの礎石のようなものがある広場 立...

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埼玉ミニミニオフ会・飯能篇 その4 能仁寺から観音寺へ

“埼玉ミニミニオフ会・飯能篇 その3 奥武蔵の地酒“天覧山””からの続き capucinoさんに案内されて 天覧山の麓にある“武陽山能仁寺”の山門をくぐった。 曹洞宗のお寺で創建は室町時代の1501年 境内の掲示を要約すると・・・ 1868年、彰義隊から分裂して結成された振武軍をはじめ旧幕臣が 能仁寺を本陣として明治新政府軍と対峙し 飯能が戦場となり半日ほどで新政府軍が勝った この戦争が“飯能戦争”・・・ この戦争で能仁寺は消失...

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唐戸を歩く その1 赤間神宮そして土鈴 下関市

“関門海峡を“歩くっ”(^o^)/”からの続き関門海峡に面して国道9号沿いに“赤間神宮”が建っている。小学生のころ、下関にいた叔母に連れられ来たことがあるのだが神社の建物の記憶は無く、ただ高台から海を見ていたというそんなおぼろげな記憶しか残っていないのだ。大学時代の1964年(昭和39年)夏の山陰旅行中とそして1965年(昭和40年)春の九州旅行中にそれぞれ下関に寄っているがどちらの場合にも赤間神宮には参拝していなかった...

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城下町長府を歩く その4 乃木神社と忌宮神社 下関市

“城下町長府を歩く その3 練塀のある小路 下関市”からの続き 乃木神社 1920年(大正9年)創建で長府藩士の子として生まれた陸軍大将・乃木希典を祀る。 乃木神社は乃木大将ゆかりの幾つかの土地に建てられているようで Saas-Feeの風は京都・伏見(明治天皇御陵そば)と東京・赤坂(乃木坂 乃木夫妻宅の隣地)の乃木神社に参拝したことがある。 写真上段右は“さざれ石” 下段左は乃木大将幼少時からあったという乃木家の井戸。 ...

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城下町長府を歩く その2 高杉晋作挙兵の功山寺 下関市

“城下町長府を歩く その1 壇具川沿い 下関市”からの続き 壇具川に沿って歩いていると 正面に高杉晋作が挙兵した寺 功山寺が見えた。   門の下には“高杉晋作回天義挙之所”と彫られた碑が建てられている。    幕府恭順派が実権を握っていた長州藩を 高杉晋作がこの挙兵によって倒幕へ導いたとされる。 石段を上がると大きな山門が見えた。 1327年創建の曹洞宗功山寺(当初は臨済宗) 1557年に大内義長がここで自刃したこと 一...

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大内義隆の菩提寺 龍福寺 山口市

“雪舟庭のある常栄寺 山口市”からの続き次にやま悠作さんに案内されたのは大内氏の館跡に建つ龍福寺だった。このお寺は大内氏31代当主 義隆の菩提寺でもある。駐車場の近くにレトロな建物がある。やま悠作さんに案内されて近くまで行ってみた。“河村写真館”いつごろの建築なのか知らないのだがいまも現役だそうだ。 写真館のそばには“八坂神社”があるが写真館正面の写真を撮るために境内を少し歩いただけ・・・拝殿には近づかな...

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雪舟庭のある常栄寺 山口市

“瑠璃光寺で見た変わり樹木 山口市”からの続き次にやま悠作さんが案内してくださったのは 雪舟庭のある臨済宗・常栄寺(常榮寺) 駐車場の脇には雪舟像 左は勅使門 右は山門 山門の手前に拝観受付があるのだが人がいない。 後で判ったのだがこのとき17時を過ぎており 拝観時間外になっていたためらしい。 山門の向こうからフランス人らしき若い男女数名が出てきた。 では休みではないようだから、とにかく中に入ってみよう。 ...

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瑠璃光寺で見た変わり樹木 山口市

“ 静寂の瑠璃光寺 山口市”からの続き2013年04月23日(火)瑠璃光寺では“やま悠作”さんに面白い形をした木を紹介してもらった。 片方の木が隣りの木の二股の間にもたれかかるように伸びている。 左の木からするとまるで倒れそうな相手を支えるような・・・。「もたれかかるのは誰かさんみたいっ」てね、ハハハ。 根元にブロックが置いてある。 “やま悠作”さんに促されてその上に乗ると・・・ 支えられている(もたれかかっている...

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プロフィール

Saas-Feeの風

Author:Saas-Feeの風
ニックネームは
スイスの村名に因みます


マッターホルン
(撮影 2006年07月12日)

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