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ウトロ オロンコ岩から

“阿寒湖に続きウトロも豪華なバイキングだ”からの続き>

北海道三日目の朝

知床グランドホテル 北こぶし

部屋から港を眺めながら写真を撮る。

上段は左 中段は中 下段は右

150428ウトロ港

上段写真の岩は、左から“ゴジラ岩” “オロンコ岩” “三角岩”

中段写真の船は知床岬まで行って帰ってくる遊覧船なのか


1965年(昭和40年)8月26日にSaas-Feeの風は

ウトロの知床ユースホステルに宿泊している。

知床ユースホステルスタンプ

そのユースホステルが、今はどのようになっているのか・・・。

気になっていたので朝6時前にホテルを出て

前夜、買い物をしたセイコーマートに寄り

掃除中の女性店員に訊ねた。

「地元のかたですか」

「そうです、何か?」

「以前、ウトロにあったユースホステルは今でもあるのでしょうか」

「建物自体を知りませんねえ

以前、“あちら”で看板を見たことがありますが

それも今は無くなっています」とのことだった。

“あちら”と彼女が指差した方向には小高い丘があるのだ。

礼を云ってセイコーマートを出る。


かつてウトロには二軒のユースホステルがあった。

一軒はSaas-Feeの風が利用した知床ユースホステルで

もう一軒はウトロユースホステルだ。


手許にあるユースホステルハンドブック1968年版を見ると

知床ユースホステルは当時のバス停から徒歩10分

ウトロユースホステルは徒歩3分とある。


Saas-Feeの風はセイコーマートの向かいの丘を見た時に

「あの道を上がって行ったな」と

急にそこだけが記憶の底から甦って来ていたのだ。

それだけのことで、後のことは一切思いだせなかった。


港のほうへ向かうと右手に奇岩が現れる。

“ゴジラ岩”ということだが50年前に見たという記憶が無いのだ。

正式名称すら知らないが“ローソク岩”とも呼ばれるらしい。

確かにゴジラそっくりだ。

150428ウトロゴジラ(ローソク)岩

オロンコ岩に登り知床連山を眺める。

右 (北方向)

150428オロンコ岩から-1


左 (南)

150428オロンコ岩から-2


三角岩とウトロ港

150428オロンコ岩から-3

のやや右

150428オロンコ岩から-4

右端に少し見える岩が“ゴジラ岩”

その奥の白い建物が“知床グランドホテル 北こぶし”


50年前に撮った写真との対比

ウトロオロンコ岩三角岩

オロンコ岩のアングルがかなり異なっている。

現状を撮った位置から

もっと右へ回り込んだ位置で撮ったと考えられる。


オロンコ岩から南を撮っている。

オロンコ岩から

埋め立てられていることが判る。


の少し右側を撮っている

オロンコ岩から-2

突堤が造られ、それもかなり先まで伸びている。


現状に至るまでには様々な出来事があったのだろうな。


50年前にはウトロから網走に行っているが

今回の旅も同じように網走に向かうことになっている。

さて、網走では現在との対比ができるポイントに行くのだろうか。


(撮影 2015年04月28日(火)   1965年08月27日)


<続く>


ここまでの様子はこちらで

“スイス友とミステリーツアーへ・・・はじめに (^^♪”

“ミステリーツアーの向かう先は・・・やはり北海道だった”

“新千歳空港から阿寒湖温泉へ”

“阿寒湖の朝”

“鶴居村のタンチョウ 北海道阿寒郡”

“かつて幣舞橋を渡ったはずだが・・・ 北海道釧路市”

“厚岸ご当地グルメ“えもん丼””

“風蓮湖から納沙布岬へ そして知床へ”

“阿寒湖に続きウトロも豪華なバイキングだ”



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コメント

記憶

この地域は1度しか行ったことがありません。
30年くらい前ですかね。
50年前というと、子ども時代を過ごしたふるさとの記憶ですが
半世紀も経つと記憶は曖昧になってきます。

知床旅情いいですね

知床も、今昔の写真を重ねると、“森繁久弥の知床旅情”時代の風景から、ずいぶん現代化していますね。
やはり、昔の方が、“最果て知床旅情”に合って良いと思いますが、これは無理なこと。
ゴジラ岩は、まるでゴジラの化石のように見えますね。
massanも一昨年、知床観光に行って来ましたが、風さんの写真を見ると、もう一度行ってみたくなりました。

こんばんは

知床は羅臼岳に登った時 ホテル地の涯の
混浴露天風呂(無料)が強烈に印象に残って
いますよ 風さんは昔も今もいい男ですね

こんばんは~

50年前と比べることができるなんて・・・
感慨深いものがあるでしょうね。
北海道はあこがれの地です。

No title

50年前の北海道のニアミス調べました。
僕は24日の早朝に羅臼から船に乗ってウトロでした。
同じような行程で2日ほど前を行ってたようです。

No title

こんばんは (^o^)/
知床は私も何度か訪れました。
懐かしい岩が出てきましたねぇ w(^o^)w!
知床YHは私も利用した記憶があります。
それにしても、よく当時のYHのハンドブックと会員証をお持ちですね。
私はどちらももうありません。今思えば、もったいなかったかな?!

No title

そういえばよくみなさんユースホステルに泊まって旅をするようになったのは私より数年後のことだったかしら?私の頃はほとんど旅ができる余裕がなかったのかもしれませんね。
一度東北の旅に行きましたが私の実父のご縁で親戚の営む旅館に3食付きで二泊させてもらったりしましたっけ。あとは夜行で寝てなんて強行軍でしたよ。

知床

2頭のゴジラが対面して、まさに、決闘を始めようとしております。
岩の名前は、聞いたような気がします。
知床を移動中に、バスガイドの説明があったのかもしれません。
ここのホテルには、とまりませんでしたが。

おはようございます♪

昔と今との違いがよく分かりますね。
海岸線の埋め立ては、何処も同じですね(^^ゞ
ベルさんも昔の写真が見たくなったなぁ~
屋根裏から下ろしてこないと・・・
断捨離も計画しないとね(笑)

おはようございます~

半世紀前に行った場所と同じ場所に行っても
ずいぶん周りの風景が変わっていますね。
私も今度、天草に行ったのですが覚えている
景色とはすっかり変わっていました。
それにしても半世紀前の写真をきれいに保存
されているのには脱帽しています。

No title

こんにちは
凄いですね50年歴史は拍手拍手です

こんにちは

こんにちは
私は逆で網走から知床でしたが
バスの強行軍のようなツアーで網走などは
車窓からが多かったように覚えてます
ゆっくりと回ってみたいです(笑)

今日は

知床辺りは行ったことがありません。
昭和40年頃は山歩きに興味を持って
アルプスへ通って居ました。
北海道の山も大雪山、羊蹄山くらいです。

こんにちは ♪

羅臼岳に登った時
エゾモモンガ達も、このホテルに泊まりました♪

懐かしい‥‥
元気だった頃の思い出です!

こんばんは~。

ようやくコメントを入れられますね(笑)。
自然のアートに、人間はかなわないという感じがしますね。
時を重ねるというのはなかなかできないですね。

No title

やはり2日間ブログは反応しないです。
でも、待てば大丈夫みたいですから・・・

知床は行かなかったのですが、
このスタンプの層雲峡の友愛荘は覚えています。
名前が独特ですからね。手帳紛失したのが
返す返すも残念です。

暫く前、東北旅行した時、十和田湖の博物館ホステルは
かつてあったのに今は無くなっていることを
地元の人から教えられました。

Σ 大連三世さんへ

30年ほど前の光景はどんなものだったでしょうね。
50年前と現在とのほぼ中間の時代なので
それぞれの時代との相違点に興味があります。

Σ massanさんへ

当時に森繁さんの知床旅情が流行っていたのかどうか
覚えていなくてねえ。
ユースホステルのミーティングで合唱していたのかなあ。
massanさんは知床岬まで船で回ってきたのですよね。
Saas-Feeの風も50年前に行っておけば好かったな。

Σ 熊取のおっちゃんへ

へえ~~混浴の無料露天風呂があるのですか。
羅臼岳はどの山なのだろ・・・?
山をガイドから教えてもらうのですが
バスが移動すると山の形が変わるので忘れてしまう・・・(-_-;)

Σ IKUKOさんへ

北海道へはなかなか行けませんねえ。
Saas-Feeの風も50年前に旅した後は
リタイア前に行ったのが初めてのこと・・・
その後に今回を含めて2回・・・
だから今回は4回目になります。

Σ 三面相さんへ

50年前には、ここから網走、層雲峡、稚内、札幌と続きます。
稚内で三面相さんとニアミスでしたね。

Σ 慕辺未行さんへ

知床ユースホステルを覚えておられますか。
写真を撮ってなくて、どんな姿だったのか、まったく記憶に残っていません。
ハンドブック1968年版に写真が出ていますが
それを見ても思いだせない。

なおハンドブックは風の神の蔵書です。
彼女もSaas-Feeの風の旅の2年後(だったかな)の夏に
北海道を旅していて、Saas-Feeの風が泊まったユースホステルにも泊まっていました。
北大のポプラ並木でSaas-Feeの風は写真を撮っています
彼女も同じ木のそばで立って写真を撮っていて
偶然にびっくりしました。

Σ agewisdomさんへ

夜行列車も使いましたよ。
北海道から帰ってくるときに東京から大阪までは夜行列車でしたし
その4か月前の九州旅行のときは大阪から大分まで夜行でした。
当時の学生の旅はユースホステルを使うことが一般的でしたね。

Σ mcnjさんへ

ゴジラ岩は以前は別の名前だったようです。
よく似ていますよね。
このあたりには奇岩が多いそうですよ。

Σ ベルさんへ

断捨離なのですけど、捨てられないものが多い~(>_<)
それがダメなのですよねえ。
思い切って捨てない限り、片付かない。
あれもこれも惜しい、記念品だし~~って
しまい込んでいますよ。

Σ 蓮の花さんへ

半世紀経つのですから変わっていないほうがおかしいことですよね。
若いころからの習慣で
写真をアルバムに整理しています。
かなりの量なので、これからそれらの処置法を考える必要があります。

Σ sanbarikiさんへ

お立ち寄りありがとうございます。
50年前の写真なので褪色があります。

Σ imaipoさんへ

50年前には網走から層雲峡、稚内、札幌のルートを踏んでいました。
今回は網走から十勝川温泉、そして新千歳です。

Σ ma_kunさんへ

大雪山、羊蹄山、北海道の山にも登っているのですね。
さすがですねえ。
Saas-Feeの風はどの山がどれなのかがさっぱりわかりません。
その場で教えてもらっても頭に残っていないのですよ。
移動で山の形が変わるから・・・。

Σ エゾモモンガさんへ

エゾモモンガさんも羅臼岳に登っておられるのですね。
野鳥を探して・・・ですよね。

知床グランドホテル 北こぶし・・・バイキングは豪華でしたよね。

Σ 筑前の国良裕さんへ

長らくコメント欄を閉じておりました。
訪問してくださっても張り合いがありませんよね。
これからしばらくはオープンすることになりますので
よろしくお付き合いくださいね。

Σ matsubaraさんへ

まだ、その現象が続いているのですか。
何が原因なのでしょうね。

スタンプにある“友愛荘”は網走にありました。
層雲峡では、その下に押印されている゛層雲峡ユースホステル”になります。

いつごろからユースホステルが減り始めたのでしょうね。
男女別部屋だとかミーティングだとか、いろいろありましたから
そういうことが若者たちに敬遠されたと聞いています。
今はゴージャスな旅をする若者が多いのでしょう。

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プロフィール

Saas-Feeの風

Author:Saas-Feeの風
ニックネームは
スイスの村名に因みます


マッターホルン
(撮影 2006年07月12日)

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