花筐~花がたみ

気ままに各地を歩きながら撮った写真をメインにして・・・


“旧東海道・桑名宿から四日市宿へ てくてく旅 その6”からの続き>

この日、26日(火)は近鉄富田駅から近鉄四日市駅までの旧東海道を歩いた。

前回、“パリッとおいしい出来たて最中”を買った清華堂は右から2軒目の店舗

旧東海道・桑名宿方向

180626富田から四日市へ-1OLYMPUS-XZ10

これから歩いて行く旧東海道四日市宿方向


歩き始めて直ぐ・・・旧東海道の右手に

富田地区市民センター富田小学校が建っている。

市民センターのフェンスに掛けてある標識

180626富田から四日市へ-2OLYMPUS-XZ10

桑名宿と四日市宿との中間にある“間の宿”(あいのしゅく)富田

その右手に建つ古い道路標識

180626富田から四日市へ-3OLYMPUS-XZ10

このあたりに東洋紡があったらしい(現在もあるのかな

東洋紡は大阪紡績と三重紡績との合併による企業だから

三重紡績創業の地である四日市に幾つもの工場があったのだろう。

Saas-Feeの風は近鉄四日市駅へ行く途中で

東洋紡績・三重工場の脇を通っている。


隣りの富田小学校には

”明治天皇御駐輦(ごちゅうれん)跡”の碑が建っている。

180626富田から四日市へ-4OLYMPUS-XZ10

掲示を要約すると・・・・

明治天皇は四度もここに滞在された・・・

1868年(明治元年)京都から東京へ向かわれる途中の9月24日

この地に宿泊されて富田の焼き蛤をご賞味になられた・・・

そして京都へお戻りになる途中の12月19日に

更に翌年(東京遷都で京都から東京への際)3月15日に

そして1880年(明治13年 陸軍大演習の際)7月3日・・・

滞在された屋敷は富田小の正門付近から市民センターあたりに建っていたそうだ。


このポイントに明治天皇は四度も・・・

都度、富田の焼き蛤を召し上がったのだろうね。


少し歩くと“十四川”に差し掛かる。

下流側

180626富田から四日市へ-5OLYMPUS-XZ10

上流側

ここは市内でも有数の桜の名所なのだ。

両岸1.2kmにソメイヨシノ600本が続いている。

“日本さくらの会”から全国表彰されたことがあるそうだ。(1978年)


次男はこのすぐそばの高校に通っていたから

桜の時期にはきれいな情景を見ていたのだろうが

Saas-Feeの風は30数年の間、一度も見に行ったことが無い。

散歩コースの千本桜を毎日のように見られるからね。


“十四川”に架かる橋を渡って・・・旧東海道が続く。

180626富田から四日市へ-6OLYMPUS-XZ10


右手に”常夜燈”が現れた。

180626富田から四日市へ-7OLYMPUS-XZ10

掲示によると1839年の建造らしい。


その先には昔の佇まい・・・

180626富田から四日市へ-8OLYMPUS-XZ10

この民家の軒先にキキョウが咲いていた。
(上段写真 軽乗用車の右)


民家の先には、このような空き地があった。

180626富田から四日市へ-9OLYMPUS-XZ10


左は薬師寺(本尊の薬師如来は秘仏)  右は常照寺(浄土真宗本願寺派)

180626富田から四日市へ-10OLYMPUS-XZ10


常照寺から歩いてすぐ、ほぼ直角に折れる旧東海道沿いに

新設用水道碑とふたつの力石があった。

180626富田から四日市へ-11OLYMPUS-XZ10

新設用水道碑   十四川から暗渠で水路を造り各家庭にマンボを設置して

生活用水・防火用水にしていたそうだ。(1904年(明治37年)完成)

力石   明治の中ごろ、この地域の寺(常照寺など)の再建に

土台用として奉納された石の中から選ばれた石であり

奉仕する人たちが作業の休憩時に石を持ち上げて

力比べをしていたと伝えられているとのこと。

大きい石は32貫・120kg、子ども用の小さな石は5貫・19kg


このように記してくると、かなり長く歩いているように感じるが

実際には最上段写真のポイントから力石まで600mくらい

歩き始めて20分ほどしか経っていないのだ。

このような話の進みようでは四日市宿に着くまで

いったい幾つの篇になることやら・・・

(撮影 2018年06月26日(火) OLYMPUS XZ-10

<続く>



ここまでの様子はこちらで

“旧東海道・桑名宿・旧跡“七里の渡し”でヒルナンデス!のロケ隊と相前後しつつ~”

“宝暦治水薩摩義士ゆかりの海蔵寺(三重県桑名市)と治水神社(岐阜県海津市)”

“東海道五十三次・桑名宿・七里の渡し”

“桑名宿“七里の渡し”あたりから“長良川河口堰”を見る”

“桑名宿“七里の渡し”あたり 旧東海道と歌行燈句碑”

“桑名城址・九華公園 三重県桑名市”

“その手はくわなの焼きはまぐり 三重県桑名市”

“東海道のシンボル青銅鳥居のある春日神社 三重県桑名市”

“旧東海道・桑名宿から四日市宿へ てくてく旅 その1”

“旧東海道・桑名宿から四日市宿へ てくてく旅 その2”

“旧東海道・桑名宿から四日市宿へ てくてく旅 その3”

“旧東海道・桑名宿から四日市宿へ てくてく旅 その4”

“旧東海道・桑名宿から四日市宿へ てくてく旅 その5”

“旧東海道・桑名宿から四日市宿へ てくてく旅 その6”



ブログランキングに参加しています

応援のクリック↑をお願いします


スポンサーサイト
おはようございます
何とか起きてサッカー観てました
いやぁ~惜しかったですねぇ~~~~~~~

残念!終わりました(~_~;)ウゥ~~~ン
[ 2018/07/03 06:21 ] [ 編集 ]
旧東海道記長く続きますね。
それだけ見るべきものがあるようです。
[ 2018/07/03 07:17 ] [ 編集 ]
おはようございます
旧東海道、家並が良いですね
表記されている明治天皇は
桑名の蛤が気に入ったのでしょうか(笑)
何度も訪れてますね。
[ 2018/07/03 07:37 ] [ 編集 ]
明治天皇行在所とかご滞在記念碑とか静岡県でも愛知県でもたくさん見てきました。
計4回も焼き蛤を賞味されたのですか。
東海道だけでなく日本全国を回られたそうですね。
ご次男さんの通われた高校のそばを街道は通っているのですね。
そんなことをおもいながら歩いてみたいです。明後日なのですが、どうやら台風の雨でだめです。
[ 2018/07/03 09:10 ] [ 編集 ]
寝不足です(汗)

1日何時間のペースで歩いておられますか?
蒸し暑い日が多いようですが熱中症に気をつけて下さいね

焼き蛤食べて下さい
[ 2018/07/03 10:46 ] [ 編集 ]
街道旅
たくさんのネタが拾える街道歩きですね。
6000本の桜並木は壮観でしょうね、見たいですよ。
[ 2018/07/03 19:33 ] [ 編集 ]
街道
竹に桔梗、いい風情ですねえ。
街道筋を歩くと歴史だらけ、なかなか進みませんね。
[ 2018/07/03 22:21 ] [ 編集 ]
こんばんは
すごいなあ、全部歩かれるんですか?
私には無理だなあ(^-^;
でも歩くからこそいろいろなところから
たくさんの情報をいただけるんですよね。
歴史をいっぱい感じます。
[ 2018/07/03 23:12 ] [ 編集 ]
おはようございます♪
歩いて散策してると、発見が多いですね(^^)
由緒ある通りですから当然ですが、車での通行だったら、
見過ごしますよね、歩いてると何処で脱線してもいいですね。
車と違って、駐車の心配がないですから(^^ゞ

今回は、甘味処と酒蔵がなかったね(゚m゚*)プッ
[ 2018/07/04 09:49 ] [ 編集 ]
Saas-Feeの風さん、こんにちは~♪
明治天皇は四度も富田に滞在されたということですが、
京都からここまでは何日ぐらいで辿り着けるのでしょう?
いつもここに滞在されたのはハマグリが好きだったから?
知りたいことがたくさん出てきます。

十四川は静かで環境が良さそうですね。
桜が咲いたらさぞ綺麗でしょう。
こんなところで勉学に勤しまれたご次男さんは幸せですね。

民家の軒先のキキョウには癒されますね。

力石は前回のブログにも出ていましたね。
旅人たちが休憩するには座り心地が良さそうな石
だと思いましたが(不謹慎ですね)、持ち上げて力自慢をしたり、
健康長寿への信仰を深めるためのものだったのですね。
[ 2018/07/04 16:44 ] [ 編集 ]
Σ いかちゃんへ
2点先取したのにね~
惜しかった!
[ 2018/07/05 13:25 ] [ 編集 ]
Σ 三面相さんへ
しばらく続きます。
京都まではとても行けませんが・・・。
[ 2018/07/05 13:26 ] [ 編集 ]
Σ imaipoさんへ
ハマグリを召し上がったかどうかは判りませんね。
屋敷を気に入られたのかも・・・。
[ 2018/07/05 13:28 ] [ 編集 ]
Σ tonaさんへ
さあ~~どうなのでしょうね。
召し上がったのかどうか・・判りませんね。

今日、5日はどうなさったのでしょう?
取り止められた?
こちら、雨が降ったりやんだりしています。
風はそれほど吹いていません。
雨の中を歩くのは辛いですね。
好い天気の日にいらしてください。
[ 2018/07/05 13:31 ] [ 編集 ]
Σ げんかあちゃんさんへ
特に決めて歩いていませんが結果的に2時間から3時間くらいですよ。
6月30日に杖衝坂まで歩いて采女の一里塚跡石標を見て
そこでおしまいにしましたよ。
ハマグリを味わいたいですよ~
高いからなあ^(^^ゞ
[ 2018/07/05 13:35 ] [ 編集 ]
Σ 大連三世さんへ
史跡・旧跡巡りするので進行が遅いです。
600本・・・ですよ~(^_-)-☆
[ 2018/07/05 13:36 ] [ 編集 ]
Σ agewisdomさんへ
史跡・旧跡では掲示を読んで写真を撮って・・・
損なことに時間をかけていますから
なかなか前に進みません(^_-)-☆
[ 2018/07/05 13:38 ] [ 編集 ]
Σ EMICOさんへ
一気に歩いていませんよ~(^_-)-☆
一回に2時間から3時間かけて歩いています。
史跡・旧跡の写真撮影しながら・・・てくてく旅ですね。
[ 2018/07/05 13:40 ] [ 編集 ]
Σ ベルさんへ
車通行なら完全に見落としますね。
歩いているからこそ掲示に気づき、
史跡・旧跡に気付くというものです。
[ 2018/07/05 13:42 ] [ 編集 ]
Σ hiroさんへ
hiroさん、こんにちは。
京都から富田まで・・・
1968年(明治元年)9月20日に京を出発、
24日に四日市、25日に富田に立ち寄られ、炊きハマグリを、
10月13日に東京に入られた・・・とのことでした。

Saas-Feeの風が、この川をゆっくり眺めるのはこの日が初めてのことでした。
いつもは、ここからもう少し上流に架かる橋を車で渡っています。
それと近鉄線の電車から見ているくらいですね。

力石のこと、今回のてくてく旅で、初めて知りました。
初めて知ることが多かったですよ。
やはり歩かないとその土地のことが判りませんね。
[ 2018/07/05 13:52 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

プロフィール

Saas-Feeの風

Author:Saas-Feeの風
ニックネームは
スイスの村名に因みます


マッターホルン
(撮影 2006年07月12日)

FC2カウンター
FC2ブログランキング
ブログランキングに参加しています

FC2Blog Ranking

応援のクリック↑をお願いします
カレンダー
06 | 2018/07 | 08
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新コメント
最新トラックバック
リンク
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR