花筐~花がたみ

気ままに各地を歩きながら撮った写真をメインにして・・・


“<お知らせ> そして旧東海道 日本武尊の“血塚社” 三重県四日市市”からの続き>

日本武尊の“血塚社”の少し先、右側の空き地に掲示があり

“東海道 101番目の采女一里塚跡”と記されている。 

180630杖衝坂の先采女の一里塚跡

采女とは宮中で天皇の世話をした女官のことで

各地の豪族のもとから容姿端麗、且つ、教養のある女性が

采女として派遣されたという。

古事記には雄略天皇に仕えた伊勢の国の采女の話があるそうだ。

或ることで采女が雄略天皇の怒りにふれ

天皇が刀でその采女の首を斬ろうとした時

咄嗟の機転で采女が天皇を称える歌を詠んだところ

その歌の素晴らしさに感動した天皇が無礼を許し褒美を授けたという。

その采女がこの地区(内部 うつべ)出身であったことで

この地を“采女”と呼ぶようになったという話がある。


また、日本武尊が血を流すところを見かねて

三重郡家(みえのこおりのみやけ 当時の役所)から

“采女”が出て介抱したことから“采女”の名がついたとも伝わる。


調べると埼玉県三郷市に“采女”

福島県郡山市に“うねめ町”のあることが判ったが

それぞれの地名の由来を知りたいもの。


跡地の奥は斜面に、その下には国道1号が走っている。

掲示には「国道の拡幅工事のために一里塚の盛り土や木柱は無くなり

現在は国道1号沿いのガソリンスタンドの傍に石碑が建っている」と説明されている。

180630杖衝坂の先采女の一里塚跡から国道1号を

国道1号の向こう側にブルーの斜面が見えるが

そこは在職中のSaas-Feeの風が、ときどき使っていた“一号線ゴルフ練習場”だ。


それはともかく、旧東海道を進むと国道1号に合流する。

そのまま歩くと“采女一里塚跡”石碑を見ることができないので
(国道の向こう側 四日市方面に向かう側に建っているので)

国道1号を横断することにしたが横断歩道と信号のある交差点まで距離があり

そこまで行って横断してもそこから逆戻りしなければならないのだ。

(奥が鈴鹿方面 手前が四日市方面)
180630杖衝坂から国道1号へ
(一号線ゴルフ練習場 そばに寄ったのは20年ぶりくらい)

面倒なので片側二車線、上り下り全四車線を横断することにして

中央分離帯に続くガードレールの切れたところを狙い

行き交う車の間隙を縫って、こちらからあちらへ走ったのだった。

もしかしたら夕刻の全国ニュースで

四日市の国道で男性が横断中にはねられる”

・・・なんてことになったかもね


“采女一里塚跡”の石碑

(奥が四日市方面 手前が鈴鹿方面)
180630杖衝坂から国道1号へ-2

道路反対側(鈴鹿方面に向かう側)に“豊富稲荷神社”が鎮座する。

もともとは“杖衝坂”の上に鎮座し“杖突稲荷大明神”と称されていたそうだが

いつのころにか、ここに移転したとのこと。



四日市市にある四つの一里塚

98番目の富田、99番目の三ツ谷

100番目の日永、101番目の采女




この日は青い二重丸から赤い旧東海道に入り

オレンジの二重丸ポイントを経て緑の二重丸まで

約10km 約15000歩 約3時間

(自宅から青い二重丸までと緑の二重丸から自宅までは車による送迎)

180630旧東海道の南日永地図-5

(撮影 2018年06月30日(土) OLYMPUS XZ-10

なんと、歩いた日から三ヶ月が過ぎてしまっていたよ~

これにて“旧東海道てくてく旅”はお・し・ま・い



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“<お知らせ> そして旧東海道 日本武尊の“血塚社” 三重県四日市市”


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旧東海道
旧東海道のてくてく旅、いいですねえ。
終わらないで京都まで登りましょう。
[ 2018/10/06 07:20 ] [ 編集 ]
采女一里塚
お早うございます。

ここにありましたか。
見落としてしまいました。

1号線ゴルフ練習場、出来たばかりの頃、よく、いきました。
打ちっ放しの奥の土手の上に、よく、野生の鹿があるいていました。
今は、そんなことはないでしょうが。
もう、半世紀以上昔のことです。
[ 2018/10/06 07:45 ] [ 編集 ]
おはようございます
今のところ無風です、昼頃には南風が来るようですが、どの程度ですかね。。。。。。
[ 2018/10/06 07:51 ] [ 編集 ]
おはようございます
てくてく旅おもしろいです
地名の由来なども、埼玉県の三郷はよく知ってますが
采女ね~~知らなかったです
三郷は車で通過する場所でした(笑)
[ 2018/10/06 07:55 ] [ 編集 ]
采女の存在は知っていたのですが、
三重県に一里塚があることは
初耳です。
いつかは訪ねてみたいところ
ですが・・・
[ 2018/10/06 09:12 ] [ 編集 ]
こんにちは~。
地名と謂れ、とても興味深いですね。
信じにくいいわれもありますが、これはありそうですね。
取材の内容がとても丁寧ですね。
[ 2018/10/06 18:38 ] [ 編集 ]
1号線
1号線ゴルフ練習場って面白いネーミングですね。
それとこのブルーは???
[ 2018/10/06 19:20 ] [ 編集 ]
今晩は
初にコメントさせていただきます。確かに郡山にも采女伝説があります。
葛城王が陸奥に下向した折、王が不機嫌になあたのを采女が機転を利かせ和歌で王を和ませた、という故事です。
「安積山影さへ見ゆる山の井の浅き心をわが思はなくに」と詠んだそうです。
この歌は万葉集に載ってます。この山の井の近くが片平町でその町にある団地が「うねめ町」です。
この和歌が書いてある木簡が発見された時、当郡山では大変盛り上がりました。
ちなみに郡山市はそのほとんどが安積(あさか)郡でした。
[ 2018/10/06 20:30 ] [ 編集 ]
こんばんは(^o^)/!
その後お体はいかがですか?決してご無理なさらぬようご自愛ください。
さて・・・かつて私がヤマトタケルノミコトの伝説の地を巡っていた時、鈴鹿方面から四日市へ杖衝坂と御血塚を訪ねる際に場所を訊いたGSが、たぶん「采女一里塚」がある隣のGSのような気がします。
このGSの向こうの信号で右折する形で旧道に入り、たどり着いたと思います。
[ 2018/10/07 22:56 ] [ 編集 ]
采女の意味を調べないで通り過ぎました。
とてもよくわかりました。
四日市市だけで4つも一里塚があったとは!多いですよね。

その後お体の調子はいかがでしょうか。ご無理をなさらないでくださいね。
[ 2018/10/08 13:18 ] [ 編集 ]
Σ 三面相さんへ
2年前だったら関宿あたりまでは歩いていたと思いますよ。
京都までは無理、無理~~(^_-)-☆
[ 2018/10/08 14:11 ] [ 編集 ]
Σ mcnjさんへ
へえ~~鹿が現れたのですか。
球に当たったらエライことです。
遥か昔のことですね(^_-)-☆
[ 2018/10/08 14:12 ] [ 編集 ]
Σ いかちゃんへ
今日は暑い!
[ 2018/10/08 14:13 ] [ 編集 ]
Σ imaipoさんへ
三郷には従弟がいるので確認してみますよ(^_-)-☆
[ 2018/10/08 14:14 ] [ 編集 ]
Σ matsubaraさんへ
旧東海道には日本橋から今日までの一里ごとに塚が設けられました。
伊勢の国にも旧東海道が続いていましたから、
国内にも多くの塚があったということですね。
でも、虫の被害や伐採などにより、今ではあまり残っていませんね。
跡として保存してあるところが殆どでしょう。
[ 2018/10/08 14:19 ] [ 編集 ]
Σ 筑前の国良裕さんへ
受け売りですね(^_-)-☆
地名には付けられた理由がありますね。
最近はそれを無視して現代風に改名することが増えているようです。
漢字からひらがなに変えることも多いですね。
[ 2018/10/08 14:22 ] [ 編集 ]
Σ 大連三世さんへ
国道一号沿いにあるので一号線ゴルフ練習場ですね。
Saas-Feeの風が利用していた当時には
ゴルフ練習場経営者の息子さんがプロデビューするとかなんとか
人づてに聞いていましたし、テレビ情報でも伝えていました。
どうなったのか、知りませんが・・・。
[ 2018/10/08 14:25 ] [ 編集 ]
Σ イングリシュガーデンさんへ
本文内でお訊ねした甲斐がありました。
貴重な情報を下さいまして感謝しております。
内容は雄略天皇と采女の話と同じですね。
大学の教養課程(一回生とニ回生の期間)で万葉集の講義(必須)がありました。
権威の犬養教授の講義でした。
その歌についての講義があったのか、なかったのか・・
まったく記憶に残っていません。
20年ほど前までは講義で使用した岩波文庫の万葉集(確か上下二巻だったような)を
書棚に保管していたのですが、処分してしまいましたので、
その歌の確認を直ぐには出来なくて残念です。

ありがとうございました。
[ 2018/10/08 14:34 ] [ 編集 ]
Σ 慕辺未行さんへ
ありがとうございます。
なかなか本調子にならなくて参っています。
事故の後遺症が加齢により、いっそう酷くなって現れるようです。

あのGSから四日市方面に歩いて、次の信号ですか。
しばらく信号は無いのでは・・・?

杖衝坂に至るには、あのGSから鈴鹿方面に歩いて次の信号で横断し
そして四日市方面に歩くと右に向かう道があるので、そこを進むと
采女の一里塚跡が左に出てきます。
そこを進むと血塚社、そして杖衝坂に至ります。

なんとなく、あのGSじゃなくて、
もっと鈴鹿寄りのGSのような気がしますが・・・。
ちがってたら、ごめんなさい。
[ 2018/10/08 14:41 ] [ 編集 ]
Σ tonaさんへ
ご無沙汰しております。
体調不良が続いていますので、
なかなかブログ訪問できなくて申し訳ないです。
少し覗き見はするのですが、コメントを書くまでには至っておりません。

もう少し、お待ちになっていてくださいね。

福島のうねめ町について↑のほうに
イングリッシュガーデンさんのコメントがありますので
ご確認くださいね。
[ 2018/10/08 14:47 ] [ 編集 ]
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(撮影 2008年07月03日)

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