花筐~花がたみ

気ままに各地を歩きながら撮った写真をメインにして・・・



和歌山県有田郡広川町にある“広村堤防”は
ヤマサ醤油七代目の濱口梧稜((梧稜は号、通称は儀兵衛)が
巨額の私財を投じて築いた。

 
高さ5m、根幅20m、長さ600mの大防潮堤で
1938年(昭和13年)に国の史跡に指定されている。

  DSC04779.jpg


濱口梧稜は1854年の安政南海地震(M8.4)の後に起きた津波の襲来時に
収穫されていた稲むら(稲束を積み重ねたもの)に火を放ち
この火を目印に村人を誘導して多くの命を救った。

その後も被災民救済と復興に尽力したうえ
100年後の津波に備えるためにこの大防潮堤を築いたという


そのことに感動した小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が
小説"A Livimg God"(生ける神)にした。

その小説を基にして小学校教師の中井常蔵が
子ども向けに書き直したのが“稲むらの火”であって
昭和12年から昭和22年までの国定教科書に採用された。

最近になって小学校の国語教科書に再び収載されているらしい。


・・・書き出しは・・・

「これはただ事ではない」とつぶやきながら、五兵衛は家から出てきた。
今の地震は、別に烈しいというほどのものではなかった。
しかし、長いゆったりとしたゆれ方と、うなるような地鳴りとは、
老いた五兵衛に、今まで経験したことのない不気味なものであった。

<中略>

「大変だ。津波がやってくるに違いない」と、五兵衛は思った。
このままにしておいたら、四百の命が、村もろとも一のみにやられてしまう。
もう一刻も猶予はできない。
「よし」と叫んで、家に駆け込んだ五兵衛は、大きな松明を持って飛び出してきた。
そこには取り入れるばかりになっているたくさんの稲束が積んであった。
「もったいないが、これで村中の命が救えるのだ」と、五兵衛は、
いきなりその稲むらのひとつに火を移した。
風にあおられて、火の手がぱっと上がった。
一つ又一つ、五兵衛は夢中で走った。
こうして、自分の田のすべての稲むらに火をつけてしまうと、松明を捨てた。


<中を長々と略して>


・・・しめくくりは・・・


一同は波にえぐりとられてあとかたもなくなった村を、ただあきれて見下ろしていた。
稲むらの火は、風にあおられて又もえ上がり、夕やみに包まれたあたりを明るくした。
はじめて我にかえった村人は、この火によって救われたのだと気がつくと、
無言のまま五兵衛の前にひざまづいてしまった。


広川町役場 


広川町役場前の“稲むらの火広場”にある濱口梧稜像


広村堤防の先にある耐久中学校の校庭に濱口梧稜像がある。
左、二本のやしの木の間に見える。
校庭には入れないので正門脇から撮った。


耐久中と耐久社 

 
濱口梧稜が剣道と漢学を教えるために
1852年(嘉永5年)に創設した“耐久社”の史跡で 
耐久中学校正門の脇にある。
 

“耐久社”は現在の和歌山県立耐久高校。

最初は私立、後に公立になったということか。 
 

醤油醸造業を営みながら私財を投げ打って人命・防災・育成に
偉大な功績を遺した濱口梧稜(1820-1885)は
和歌山藩の改革にも登用された政治家でもあった。


このような政治家のひとりでも好いから
今の日本におればと思うのだけどなあ。


濱口梧稜は和歌山県議会初代議長にもなっている。


耐久中学校から15分ほど歩いたところにある“稲むらの火の館”を見学した。


稲むらの火の館ー1 


手前の和風建築家屋は“濱口梧稜記念館”
奥の3階建ては“津波防災教育センター”

小泉純一郎氏の揮毫


稲むらの火の館ー2 



“津波防災教育センター”

2階・・・広川町を繰り返し襲ってきた津波の歴史や
津波防災のあゆみなどが紹介されている。


稲むらの火の館-3 



1階・・・津波のシミュレーション


稲むらの火の館ー4 


1階の“防災体験室”では
被災後の3日間を生きぬく為に・・
被災から立ち上がるために・・
災害に強いまちづくりのために・・
その知識を身に付けるための展示がある。



そんな勉強をして“稲むらの火の館”を後にする。

40分ほど歩いたところのJR湯浅駅近く
“かどや食堂”でしらす丼と刺身定食を味わった。

しらす丼と刺身定食



食堂から歩いて10分“深専寺”の門前に
“大地震津なミ心え之記”の碑があった。


大地震津ナミ心え之記 


ざっと読むと・・・

嘉永7年6月14日の夜に起きた地震の後も
何度か小地震があって
11月4日に大地震
5日の昼には前日の地震より強い地震
そのあと海鳴りがあって
海面が山のように盛り上がり
津波というような高波で大木や大石が
家、蔵、船を微塵に砕き
勢いが凄まじくて恐ろしい。
この先の地震から逃れるために
浜へ逃げたり舟に乗ったり、
あちこちへ逃げた人は危ない目に遭い
溺死した人が少なくない。
145年前の宝永4年の地震の時にも
浜辺に逃げて津波で死んだ人が数多い。
昔から井戸の水が減ったり濁ったりしたら
津波があるといわれてきたが
このときには減ったり濁ったりしなかったので
井戸水のことは放っておいて
大地震があったときには
火の用心をして、津波が来るはずと思って
浜辺川筋には逃げずに深専寺門前を東に行って
天神山に立ち退きなさい。

恵空一菴書

・・・ということなのだろう。

この石碑は安政3年(1856年)に
この寺の住職によって建立されたらしい。


調べてみると・・
嘉永7年(1854年)安政伊賀上野地震、安政東海地震、安政南海地震
宝永4年(1707年)東海・東南海・南海連動型大地震

このような地震の時にここでは津波の被害に遭っていた。
昔から津波が多かったことがわかる。



広村堤防を歩いていたときに
堤防の下から色の黒い外国人男性たちが上がってきた。
1枚目の写真に二人ほど見える(ちょっと見難い)

その時は道を彼らに譲って先に行ってもらったのだが
耐久中学校から10分ほど歩いたところでまた出会った。

それで話しかけてみたところ
フィジーやソロモンから神戸のJICAに三週間の研修を受けに来ていることが判った。
そしてここにはツナミの勉強に来たということだった。

広川jaica 

小さな島の国だからツナミには大きな関心があるのだろう。


3.11の大震災と津波から半年が過ぎたが
復興への道程はまだまだ続く。

現代の政治家たちは党利党略に明け暮れてばかり。
この様子を濱口梧稜はどのように思っているだろうか。


来るであろう“東海地震、東南海地震、南海地震”の
X-Dayへ向けての備えを考えさせられた広川町だった。


<歩いた日 2011年9月8日(木)>

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おはようございます
おぉ~~~、まるで小説ですね(^O^)♪ ♪ ♪
いい勉強になりました。

保身でキュウキュウしている現政治家に読ませたいよ~~~v-217(>_<) イ-…ヽヽ
[ 2011/09/13 05:50 ] [ 編集 ]
濱口梧稜
風さん
 おはようございます(^・^)
力?の入った、タイムリーな内容
長いなあと思いながら、いっきに拝読しました。
”拝見”と書くべきなのでしょうが私には”読”
 
思うことは幾つも有りましたが、
やはり「濱口梧稜」ですね。
”稲むらの火”は読んだと思いますし
教科書であったどうかは忘れましたが・・・
”いなむら”の言葉が記憶に有ります。
今一度、小泉八雲の小説(生ける神)を図書館で探したいと思います。

幸いにも津波とは縁の無い場所に住んでいますが
何時地震が起こっても不思議でないと言われている地震列島。
自然災害の恐怖も感じながら
でも、日々の備えは無いに等しい
起こってから慌てふためくと思います。
具体的に何をすれば好いのか・・・
正直解らないままに今日まで過ごしています。
改めて考えさせられました。
 誰か、しっかり舵取りをしてくれる方が居て欲しい
人頼みは駄目なのですね。
私自身の問題としなくては
そんな事を思っています。
 風さん、
今朝のブログを作られるのに相当の時間を費やされた事と
思いますし、心から感謝します。
それなのに拙いコメント申し訳なく思います。
 今朝は何となく寝苦しくて、早朝からお訪ねしましたが
約1時間経ちました。
何度も読み返しています。
直ぐに安易な暮らし方をする私にカツをいれたいと。

 
[ 2011/09/13 06:01 ] [ 編集 ]
やはり、水害視察だったのだ。
Saas-Feeの風さん、
今の政治家は己利己略、全体を見れぬ、失言、放言の類多し。
ところで、愚生もここのところ腰と背中がやや重い感じ、MRI(?)検査が必要ですかね?
[ 2011/09/13 07:15 ] [ 編集 ]
巨大地震
先人達の明は、150年後には、生かれませんでしたね。
地震計も、TV速報もある時代なのに、今でも、稲むらの火に学ぶ点が多いのには、愕然としてしまいます。
私財を投げうってでも、人々の役に立とうとする先人に対し、国民の税金の使い道にも、私財を増やそうと企む政治家が、多すぎます。
[ 2011/09/13 08:22 ] [ 編集 ]
お早うございます。
先人にこのような立派な方がいらしてたんですね
爪の垢でもと思います今の政治家に。
[ 2011/09/13 08:26 ] [ 編集 ]
先日のNHK歴史秘話ヒストリアでも
「稲村の火」を話題にしていました。
これを教科書に載せる運動をしたのが
元東大の地震研究所の今村明恒でした。
その日は今村の業績を紹介していました。

よい旅をされましたね。
[ 2011/09/13 08:54 ] [ 編集 ]
胸が熱くなる労作ブログ
今回は、風さんの心意気が伝わってきました。
読んでいて、胸が熱くなる労作ですね。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言いますが前者にも値しない政治家、学者の多いこと。
国民から信頼される立場の人が、これでは困りますね。
この防潮堤があると、1000年に1回の大津波が来ても大丈夫、と言う言葉を信じて、多くの人が逃げずに流された。
後になっての言い逃れが“想定外”だった。
一方、先祖の言い伝えを頭に、高台に逃げた人は助かった。
後で調べれば、同程度の津波は過去何回か起こっていたとか。
濱口梧稜の、真に人の命を尊ぶ偉さと行動力に、今朝は感激しました。
[ 2011/09/13 09:19 ] [ 編集 ]
生神様
おはようございます。
生き神様ですね、今の政治家に望むべきではありませんね。
このような気持ちになること、神がかっているのでしょうね。
足下にもよれませんね。
稲村ジェーンを第一感で・・・、これは大波ですね、関係ないのかな(笑)。
[ 2011/09/13 09:27 ] [ 編集 ]
お早うございます♪
”稲むらの火”は一度、ゆっくり読んでみたいですね(^-^;
今だからこそ読みたいって気持ちです(^_^)
ロマンス小説ばかり読んでちゃイカンなぁ(^m^ )プッ

毎日暑いですが、その後の体調は如何ですか?
無理をなさらないように、散策をお楽しみ下さいね(*^-^*)
[ 2011/09/13 10:15 ] [ 編集 ]
こんにちは。
Saas-Feeの風さん:こんにちは。
この話はテレビで知りました。ヤマサ醤油の創業者だったのですね。
最近は小学校の教科書にも載ってるそうですね
[ 2011/09/13 11:42 ] [ 編集 ]
ほしい本当の政治家
こんにちは
我が家はヤマサ醤油を愛用しております。
すばらしいご先祖さまかいらしたのですね。
同感です。 濱口梧稜のような先生が現れてほしいですね。 選挙の時だけ、口先だけの「国民のため・・・」は白々しいですね。
[ 2011/09/13 15:15 ] [ 編集 ]
今日は凄い大作ですね、素晴らしいです。
稲むらの火は子供の頃に習ったともいますが教科書ではなかったかなあ!
外国の人が学んでいるのも素晴らしいことですねえ。
[ 2011/09/13 15:24 ] [ 編集 ]
こんばんは
良いところを歩かれていますね 近くにいながら
まだ行っていません 和歌山は山に登る事が多く
海岸線はあまり行っていません 反省です
[ 2011/09/13 21:15 ] [ 編集 ]
稲村の火
タイトルだけは聞いたことがありますが知りませんでしたもっとも、小学校4年生からミッションスクールでしたから道徳の教材がなく、宗教を代わりに教わっていたのだと思います。
いいお話なので孫にしてやらなくては。
[ 2011/09/13 21:42 ] [ 編集 ]
ありがとうございます
“稲むらの火”大変お勉強になりました
私利私欲ではなく、他の人を思いやる気持ち・・・尊いものです
いくら進んだ世の中になっても、先人の知恵を忘れてはいけないですね(特に自然に対しては)
フィジーやソロモンの方も、津波のお勉強にいらっしゃっているとは
そうですよね~日本が島国だということを実感します
[ 2011/09/13 22:26 ] [ 編集 ]
スゴイ男がいたもんだ!
恥ずかしながら、この話は全く知りませんでした。
それにしても、何と機転の利いたことか!と思わずにはいられません。
ただ「津波が来るぞーっ!」と叫んだところで、信じない人もいたでしょう。しかし、稲わらに火をつけ民家に火の手が迫ることに危険を感じ、皆逃げたのでしょうね。津波が来るとは知らずに・・・。
それだけでもスゴイのに、その後の功績も立派で、今まで知らなかったことが不思議なくらいに思いました。
今の政治家たちにこの話を聞かせても、無駄のような気がするほど、心ないというか口が軽いというか、情けない政治家ばかりです。
一般国民の底力のほうが、よほど信頼できます。
[ 2011/09/13 23:14 ] [ 編集 ]
ヤマサ醤油は知っていますが、
濱口梧稜の事は知りませんでした。
稲むらの火も初めて知り
感動しています。
巨額の私財を投じて築かれたとは素晴らしい行いですね。
神様の御心を感じます。
素晴らしいブログですね。
いろんな事を学ばさせて頂きました。
災害が続いている今は、関心も大きく
災害に備えて勉強になり、素敵なお出かけでしたね。
[ 2011/09/13 23:18 ] [ 編集 ]
ツナミ
おはようございます
本州ではじめて太平洋を見た時あんまりにも海が大きくてびっくりしました
太平洋はでっかいどー
長崎は海には囲まれてるのですが入り組んでいるので海の印象が違ってました
災害は時間が経つと忘れてしまいますね
津波のこと儀兵衛さんのことしっかり学ばせてもらいました
[ 2011/09/14 08:12 ] [ 編集 ]
いかちゃんへ
ヘヘヘ、かなり長くなってしまった(^^ゞ
あれもこれもと欲張りすぎました。
[ 2011/09/14 10:01 ] [ 編集 ]
コスモスさんへ
5時頃からとは・・朝早くに見てくださってありがとうございます。
書き始めたときには、こんなに長くなるとは思ってなかったのですよ。
書いているうちに、あれもこれもと枝が増えてしまいました。
二回に分けても好かったかなあ。
写真も最初の予定から増えたので2枚や4枚を連結させたりして
メモリー容量の制限内に纏めました。

この地域は以前白浜からの帰り(阪神間への)に自動車で通っていました。
でも、このような歴史のある場所と知らなかったのです。
大災害の続く今年に、ここを歩けて好かったと思っています。
[ 2011/09/14 10:11 ] [ 編集 ]
gettengさんへ
先ず、医師に相談なさってくださいね。
以前はレントゲンだけの診断でしたが
数年前にMRIで検査してから現在の治療を受け始めました。
あいにくその主治医が病に罹り休診中・・。
ちょっと困っています。
[ 2011/09/14 10:16 ] [ 編集 ]
mcnjさんへ
そうですね、昔の人たちは政治家にしろ企業家にしろ偉かった。
今の政治家の小粒なこと。
どうしようもないですよね。
こんな状態が続くと将来の我が国はどうなるのでしょう。
[ 2011/09/14 10:19 ] [ 編集 ]
imaipoさんへ
爪の垢を飲んでも到底効かないでしょう。
どっぷりと浸かってしまって
免疫が出来ているでしょうから。
[ 2011/09/14 10:23 ] [ 編集 ]
Saas-Feeの風さん、おはようございます♪
何年か前、広村堤防のことはテレビで見たこと
がありますが、稲村の火のことは初めて知りました。
素晴らしい方がいたものですね。
今のお金持ちは一部の方を除いて、社会のために
お金を使われる方は少ないですね。
税金でさえ、逃れようとします。
このような志の高い方が、政治、経済界にいたら
日本ももっと変わっているでしょうね。
神奈川でも関東大震災級の南関東地震がいつ来ても
おかしくないと言われています。
今日はとても良い勉強をさせていただきありがとうございました。



[ 2011/09/14 10:24 ] [ 編集 ]
matsubaraさんへ
その番組のことを知りませんでした。
国定教科書に収載されている写しを見ました。
最近の教科書にはどのような形で採用されているのか確認したいと思っています。
[ 2011/09/14 10:27 ] [ 編集 ]
massanさんへ
あれもこれもと書き加えた結果、こんな形になってしまって、
読むのが大変でしたよね。
3.11の大震災・大津波、そして先日の台風12号による災害と
今年は大きな自然災害の年になりました。
ここも和歌山ですが今回の台風の影響は少なかったようで
歩いている途中にその被害を目にすることはありませんでした。
でも過去には津波の経験を繰り返したエリアだったのですね。
[ 2011/09/14 10:34 ] [ 編集 ]
筑前の国良裕さんへ
ほお~、懐かしいですね、稲村ジェーン・・。
あれは鎌倉・稲村ヶ崎でしたね。
サーファーですから“波乗り”かあ(古いですねえ・・)
[ 2011/09/14 10:38 ] [ 編集 ]
ベルさんへ
ありがとうございます。
ちょっと好くなくって困っています。
実は主治医が先月の最初から病に罹り
診療を受けられなくなっています。
ゴルフの誘いもあるのに全然ダメです(>_<)
歩くだけならあまり苦になりません。
[ 2011/09/14 10:40 ] [ 編集 ]
seiboさんへ
NHKで紹介されたそうですね。
残念なことにSaas-Feeの風は知りませんでした。
ヤマサ醤油の七代目でした。
[ 2011/09/14 10:43 ] [ 編集 ]
大連三世さんへ
ヤマサ醤油のご愛用をありがとうございます(^^♪
Saas-Feeの風のところは残念ながら別の銘柄でした。
これからはヤマサ醤油に肩入れせねば・・と、思っています。
[ 2011/09/14 10:46 ] [ 編集 ]
お早う御座います~
今回の地震で漁港が自己資金で復旧したところがあります。その漁港は長く厳しい経営にさらされていても平成5年頃から鮭の豊漁で多額の利益を出しても分配せず万一の事態に備えたお陰で敏速に復興できたそうです。「備えあれば憂いなし」と言うことですね。
[ 2011/09/14 10:48 ] [ 編集 ]
三面相さんへ
教科書にありましたか・・。
そんな年代ではないように思いますがねえ(^^ゞ
おそらく別の書籍で読まれたのでしょう。
Saas-Feeの風はこの話を初めて知りました。
(読んだかどうか、記憶に残っていません)
[ 2011/09/14 10:49 ] [ 編集 ]
熊取のおっちゃんへ
JR湯浅駅が最寄駅だと思います。
おそらく自動車では何度も近くを通っておられるでしょうね。
熊野街道(古道)の通るところでもあります。
[ 2011/09/14 10:52 ] [ 編集 ]
agewisdomさんへ
子ども向けの書物に収載されていませんかねえ。
インターネットで探すと全文を見つけられると思います。
見つからなければ送りますよ。
[ 2011/09/14 10:56 ] [ 編集 ]
きゃぶさんへ
先日の台風12号では輪中堤が水の圧力のために破壊しました。
50億円かかった輪中堤によって護られていると
皆が思っていたそうですね。
自然の力とはヒトが想像する以上の破壊力なんですねえ。
“想定外”だそうですが、もはや自然に対して“想定外”は有り得ないのでしょう。
[ 2011/09/14 11:02 ] [ 編集 ]
慕辺未行さんへ
Saas-Feeの風もこの話を知りませんでした。
この年を歩いて初めて知った次第・・。
丹精込めて育てて収穫し取り込むだけになっている稲むらに
火をつけて村人の注意を向けさせ、高台に呼び寄せたのですね。
子どもじみた政治家のいるような現代は
あの時代に対して恥ずかしいですよ。
いったい、どうなっていくのでしょうか、この国は。
[ 2011/09/14 11:08 ] [ 編集 ]
すみれさんへ
現代の政治家や実業家に真似してもらいたい行いですよね。
濱口梧稜の精神を引き継いでくれるかたたちは
いないものでしょうか。

フィジーやソロモンのかたと会話したのは初めて、
これまで会うなんてことが無いですから。
小さな島なのでツナミに対する備えに大きな関心があることでしょう。
[ 2011/09/14 11:21 ] [ 編集 ]
エフさんへ
西海橋や九十九島を訪ねたことがあります。
高校の修学旅行でしたから、もう50年くらい前のことになります。
今は当時とは様変わりしていることでしょう。
そのときに小さな島が点々と海に浮かんでいる様子を見ましたよ。
もういちどたずねたいですねえ。
数年前に長崎や雲仙を何十年かぶりで見て廻ったのですけどねえ。
[ 2011/09/14 11:27 ] [ 編集 ]
hiroさんへ
昔の政治家や実業家には立派なかたが多かったですけどねえ。
最近はそのようなかたがまったく見当たりません。
自分のことばかり考えていますからね。
数年前から各地を歩くように心がけていますが
今回ほど感銘を受けた場所は無かったですよ。
[ 2011/09/14 11:33 ] [ 編集 ]
ma_kunさんへ
それは国や地方自治体が頼りないからということなのでしょうね。
いまの政治ではそのように判断されてもしかたありませんよね。
[ 2011/09/14 11:36 ] [ 編集 ]
覚えています
今日は
教科書で習ったのかは忘れましたが、この話は覚えています。
小泉八雲作品を持っていたので見ましたが
残念ながらこの話は載っていませんでした。
[ 2011/09/14 16:33 ] [ 編集 ]
先人の教え
素晴らしいですね~
知らなかった話がいろいろ出て来ます。
日本海側の原発地帯で津波はないとされてたところも、古い文献を調べると、400年くらい前の記述があったと地元の歴史学者が言ってます。
吉村昭のルポ「三陸海岸大津波」が大増刷されてるそうですが、
取材した田野畑村では、海面から50mはあろうかというところに建つ家にまで漂流物が来たというのです。
でも当時の専門家には無視され、防潮堤の高さは8mで十分と・・・
それでも、今回は想定外というのでしょうか。

いっそ、仮設でも何でもいいので、行政府丸ごと被災地の真ん中に移動したらいかが?と思うのは、私だけ?
[ 2011/09/15 03:52 ] [ 編集 ]
こんにちは
お久しぶりです~
素晴らしいところへ行ってこられたみたいですね!
奥深い記事、昔から色々あったのですね。
たいへん勉強になりました。
[ 2011/09/15 14:25 ] [ 編集 ]
こんにちは~
「稲村の日」の事は全く知りませんでした。
素晴らしいお話をありがとうございました。
勉強になりました。
[ 2011/09/15 14:48 ] [ 編集 ]
字を間違えて書きごめんなさい
こんにちは~
「稲村の日」は「稲むらの火」の間違いでした。
今の政治家に先人の人の行動を見習って欲しいと思います。
[ 2011/09/15 15:03 ] [ 編集 ]
広村堤防の事もヤマサ醤油は使っているけど、七代目の濱口梧稜さんが巨額の私財を投じて築いた事も知りませんでした。
丹精込めて育てて収穫し取り込むだけになっている稲むらに火をつけるなんて普通出来ません
梧稜さんの機転と犠牲的精神によって村人達は津波から守られたのですね
説明 記事が上手いので、のめり込んで拝見致しました  何時か解らないけど来るであろう“東海地震、東南海地震、南海地震 自分に出来る事は今から備えておかねば...
時間をみつけて、一度ゆっくり「稲村の火」読んでみたくなりました


[ 2011/09/15 15:20 ] [ 編集 ]
Golfunさんへ
小泉八雲の作品では怪談集しか読んでいないので
この実話を基にした「生ける神」のことを知りませんでした。
若い頃に買った河出書房新社の日本文学全集には
小泉八雲集がありません。
どのようなストーリーなのか、読んでみたいと思っています。
[ 2011/09/15 15:40 ] [ 編集 ]
chiaraさんへ
湯浅湾は紀伊水道に面し、向こうには四国・徳島がありますね。
こんなに狭い紀伊水道でも津波が出来るのですから
日本海側で津波が起こっても不思議では無いように思います。
津波に関してまったく判っていないSaas-Feeの風ですが、そんなことを感じました。
↑写真に津波シミュレーションがありますね。
高さ8mのスケールが入っています。
実は↑写真には続きがあって、津波高さがその8mの位置までせりあがるのです。
そして津波が消えたあとに「串本8.0m」と表示が出ました。
従来は津波って、そんなものと思われていたのでしょうね。
[ 2011/09/15 15:52 ] [ 編集 ]
三重の山男さんへ
ご無沙汰で~す(^^ゞ
以前はひと月に4回くらい各地を歩いていましたが
最近は2回くらいに減っています。
例年、7月と8月とは歩かないようにしていますしね。
これから涼しくなりますから、ハイキングに出かける機会が増えると思います。
[ 2011/09/15 15:56 ] [ 編集 ]
蓮の花2さんへ
コメントを書いて投稿した後で修正ができますよ。
コメントを投稿するときにパスワードを書き込んでおられるなら・・
その前提条件がありますけどね。
蓮の花2さんはパスワードを書き込んでおられますから修正できます。
コメントを投稿したら日付やuRLやニックネームが並ぶところに
#があって、その右端に[編集]がありますね。
それをクリックするとコメント編集画面が現われます。
そこで修正すれば好いのですよ。
あとはいつものように投稿すると修正されたコメントになります。
[ 2011/09/15 16:02 ] [ 編集 ]
yasuko♪さんへ
普通は自分の財産を無くしてまでも他人を救おうとは考えませんね。
それができるからこそ偉人なのでしょう。
人命尊重と防災と人材育成・・この3点が濱口梧稜の精神ということですね。
“稲むらの火”はインターネットで検索するといくつも候補が出てきますから
その中から全文のあるサイトを選択してください。
そのようなサイトは幾つもあると思いますよ。
[ 2011/09/15 16:09 ] [ 編集 ]
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Saas-Feeの風

Author:Saas-Feeの風
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スイスの村名に因みます


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(撮影 2006年07月12日)

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