花筐~花がたみ

気ままに各地を歩きながら撮った写真をメインにして・・・


都電荒川線の“三ノ輪橋”から12番目の停留場“荒川車庫前”で降りてみた。
ある、ある、あるぅ~~都電が・・・  
 
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たくさんの人たちがカメラを持って集まっている。

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「へえ~、いつもこんなに人が多いのですか」

車庫の隣にある“都電おもいで広場”にいた係員

(写真の右 ブルーの防寒着の人)に尋ねた。

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「いつもはこんなに大勢の人たちはいないのですよ。

皆さんは都電を貸し切りで乗る人たちです。

都電は16000円で貸し切りができます。

ここから早稲田まで乗っても16000円

隣りの梶原まで乗っても16000円です。

そこからここまで帰ってくるなら往復料金で32000円なんですよ」

丁寧に説明してくださる。

さっきまで車輌のフロントに掲げてあった“町屋駅前”の表示が

いつの間にか“貸切車”に変えられて電車は皆さんを乗せて出て行った。


貸切車が去ったあとの車庫には様ざまな車輌が格納されている。

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その係員は以前は都電を運転していたかただった。
彼は都電を使った映画やドラマの撮影で

貸し切りになった車輌の運転をした話をしてくださった。

乗客を演じるエキストラは撮影のかなり前から待機しているのだけれど

主役級はゆっくりとやってくる。

エキストラには監督から

「あなたは吊り革を右手で掴んで。

あなたは座って週刊誌を広げて、手の位置はこのあたりで。

あなたは隣りの人を見て・・」

そんな指示がこと細かく出るそうだ。

通常運行の車輌と車輌の間に撮影の車輌(貸切車)が走るので

さながら“ぶっつけ本番”になるらしい。

そんなことを懐かしそうに思い出しながら話してくださったのだ。

その係員が案内している“都電おもいで広場”には車輌が屋外展示してある。

休止(平成10年(1998年))前の数年間は

朝のラッシュ時に大塚駅前ー町屋駅前を走行した通学用電車で

“学園号”の愛称で親しまれたとの掲示がある。
 

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1962年(昭和37年)製造

その内部

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アメリカの路面電車委員会(PCC)が開発したPCCカーの製造権を購入

最新の技術を導入して1954年(昭和29年)に製造され

1967年(昭和42年)まで品川駅ー大塚駅前の一系統を走っていたとの掲示がある。
 

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Saas-Feeの風が銀座を初めて歩いたのは

  1967年(昭和42年)なんだけど

  その時には銀座に都電は走っていたのかな。
 

   銀座4丁目の三愛ビルの中に入ったことは
覚えているのだけど

  都電のことはさっぱり記憶が無いのだ。

親切に案内してくださった係員に礼を云ってから

再び早稲田行きに乗り込む。  


(2011年1月23日(日))

<続く>

ここまでの様子はこちらで

【復刻版】都電・荒川線沿線を歩く その1 三ノ輪橋

              

(2011年2月7日“いい色ひろば”にアップした記事を一部修正したもの)

YAKKOさん(すみれのお嬢さん)の記事はこちらで

都電荒川線の旅のはずが・・・①
都電荒川線の旅のはずが・・・②


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Saas-Feeの風

Author:Saas-Feeの風
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スイスの村名に因みます


マッターホルン
(撮影 2006年07月12日)

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